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【2020年2月14日(金) 16:00〜17:00】
ATR 田中沙織先生 セミナー

2020/1/31

メディカルイノベーションセンター SKプロジェクトセミナーのご案内をいたします。
2月14日(金)16:00〜17:00まで、ATRの田中沙織先生のセミナーを行います。
ご参加、お待ちしております。

 

日時: 2020年2月14日(金)16:00~17:00
場所: 京都大学 大学院 医学研究科 メディカルイノベーションセンター 1F 会議室
   (アクセスはこちら

 

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演題
仮説ベース/仮説フリーアプローチによる精神疾患の脳機構解明

 

演者
田中沙織 先生
国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
脳情報通信総合研究所 数理知能研究室 室長

 

概要:
脳の複雑な機能の解明には、物質や回路の働きについての数理モデルを仮定し、それを実験的手法で検証する「計算論的神経科学」のアプローチが有効であることは近年神経科学のみならず、臨床や経済学といった様々な分野に広く浸透してきた。その中でも、強化学習理論をベースに作られた大脳基底核の数理モデルを用いて、脳の回路や物質系の振る舞いを観察することは、意思決定の機構を解明するうえで非常に有効な手段である。講演者のグループでも、健常被験者のセロトニンレベルを人為的に変化させた状態で、遅延報酬選択課題を実施したところ、セロトニンが報酬評価時の減衰係数を調整することを示唆する結果 (Tanaka et al., 2007)や、遅延報酬の価値を更新する際にどれだけ過去の行動まで考慮するかの信頼度トレース係数を調整することを示唆する結果 (Tanaka et al., 2009) を得ている。

 

さらに近年、このような「仮説ベース」アプローチを精神疾患患者へ応用することで、精神疾患のメカニズムを数理モデルとして理解する「計算論的精神医学」という分野が注目を浴びている。講演者のグループでも、注意欠如・多動症(ADHD)や強迫症(OCD)を対象に、将来や過去の減衰係数の特徴を調べる研究を行なった。その結果、ADHD患者群は健常者群よりも将来の損失に対する減衰係数が大きく(減衰が少ない)、損失の大きさに対する線条体の活動が大きいことを明らかにした (Tanaka et al., 2018; Todokoro et al., 2018)。またOCD患者群では、遅延報酬の価値を更新する際に、学習信号が正と負で異なるトレース係数を持つモデルを仮定することで、正・負のトレース係数のアンバランスから強迫行為が生じることを示唆する結果を、シミュレーションから導き出した (Sakai et al., 2015; Sakai, Sakai, and Tanaka, submitted)。

 

一方、ヒト脳画像研究の分野では、米Human Connectome Projectや英国biobankに代表されるように、脳画像に加え行動指標や生体指標を含んだ大規模データベース化・精緻化が国際的に進んでいる。これによって、脳・行動データを多次元データとして「仮説フリー」なアプローチで扱うことが可能となり、従来の「仮説ベース」のアプローチに加えて、AI技術の一つである機械学習によるデータ駆動型解析の活用が本格化している。その例として、疾患の判別や、バイオタイプの同定、さらには個人特性の予測などが挙げられる。講演者のグループでも、疾患判別として強迫性障害のバイオマーカーに関する研究(Takagi, Sakai et al., 2017)、個人特性としての不安を予測する研究 (Takagi et al., 2018) により、これまでの仮説ベースのアプローチに新しい視点を加えることに成功している。今後は、「仮説ベース」と「仮説フリー」の両アプローチの利点をうまく生かすことで、意思決定の数理モデルの緻密化を目指すとともに、数理モデルによる様々な群(疾患、思春期、老年期)における異常行動・問題行動の説明力を増加させ、現場レベルでの治療や予防への応用、さらには人間の理解につながることが期待される。

 

References
Tanaka SC, et al (2007). PLoS ONE 2(12), e1333.
Tanaka SC, et al (2009). The Journal of neuroscience 29(50), 15669.
Tanaka SC, et al (2018). Scientific Reports 8, 6703.
Todokoro A, Tanaka SC, et al (2018). Psychiatry and clinical neurosciences 72, 580.
Sakai Y (2015). RLDM 2015.
Takagi Y, Sakai Y, et al (2017). Scientific Reports 7,7538.
Takagi Y, Sakai Y, et al (2018). NeuroImage 172, 506.